「他の会社と一緒に何か新しい分析をしたいけど、お互いの大事なデータは見せられない…」 「複数の病院のデータを合わせて研究すれば、もっと良い治療法が見つかるかもしれないのに…」
こんな風に、複数の人や組織が「協力」してデータを使えれば、すごい発見や便利なサービスが生まれそうなのに、プライバシーや企業秘密の問題で、なかなか実現できない…ということは、世の中にたくさんあります。
そんな悩みを解決する技術の一つが、**「マルチパーティ計算(Multi-Party Computation、略してMPC)」**です。これは以前ご紹介した「秘密計算」を実現するための、特に「複数」の参加者が関わる場合の重要なアプローチです。
「マルチパーティ…?なんだか難しそう」と感じるかもしれませんが、基本的な考え方はシンプルです。一緒に見ていきましょう!
マルチパーティ計算って、何をするもの?
一言でいうと、マルチパーティ計算(MPC)は、
「複数の参加者が、お互いに自分の『秘密の情報』を明かすことなく、全員の情報を『組み合わせた結果』だけを、協力して計算するための技術(一連の約束事や手順)」
のことです。
ポイントは、「複数の参加者」が「協力」するけれど、「個々の秘密は見せ合わない」という点です。
例え話:ライバル店との「共通のお客様」探し
ここに、近所で人気のパン屋さん「ふわふわベーカリー(A店)」と、ケーキ屋さん「きらきらパティスリー(B店)」があるとします。
A店の店長さんとB店の店長さんは、「うちのパンも、あそこのケーキも、両方買ってくれるお客様って、どのくらいいるんだろうね?」と気になりました。もし共通のお客様が多ければ、一緒に何かキャンペーンができるかもしれません。
でも、お互いのお客様リスト(顧客名簿)は、大事な企業秘密。相手にまるごと渡すわけにはいきません。かといって、誰か別の人(第三者)に両方のリストを渡して調べてもらうのも、情報漏洩のリスクがあって不安です。
さあ、どうしましょう?
ここでマルチパーティ計算の出番です!特別な計算手順(プロトコル)を使うと、こんなことが可能になります。
- 準備: A店とB店の店長さんは、それぞれのお客様リストを、コンピューターを使って特別な形(暗号化したり、断片化したり)にします。
- 計算: 二人は、コンピューターネットワークを通じて、お互いに「直接リストを見せない形で」情報をやり取りしながら、決められた計算手順を進めます。たくさんの暗号化されたメッセージが行き交うイメージです。
- 結果: 計算が終わると、最終的に「共通のお客様の『人数』」だけが分かります。例えば「50人」といった具体的な数字です。
この方法なら、A店の店長さんは「B店だけのお客様の情報」を知ることはありませんし、B店の店長さんも「A店だけのお客様の情報」を知ることはありません。もちろん、計算の途中でリストが誰かに盗み見られることもありません。
お互いの秘密を守りながら、知りたかった「共通のお客様の数」という結果だけを、協力して手に入れることができました! これがマルチパーティ計算の目指す世界です。
どうやって実現しているの?(少しだけ技術的なヒント)
マルチパーティ計算では、主に以下のような技術要素を組み合わせて、「秘密を守りながら協力計算」を実現しています。
- 秘密分散 (Secret Sharing): データを「カケラ(シェア)」に分けて、別々の参加者や計算機に預けます。一つのカケラだけ見ても元の情報は分かりませんが、カケラの上で計算を進めることができます。
- 暗号技術: データを暗号化したり、暗号を使った特別な通信手順(プロトコル)を使ったりして、情報のやり取り自体を安全に行います。
- Oblivious Transfer (OT) など: 「相手に知られずに情報を選ぶ」といった、特殊な通信方法を使うこともあります。
これらの技術を複雑に組み合わせることで、「個々のデータは秘密にしたまま、集計結果や分析結果だけを得る」という、まるで魔法のような計算が可能になるのです。
どんな場面で役立つの?
マルチパーティ計算は、様々な分野での応用が期待されています。
- 企業間の連携: 競合する会社同士が、顧客データを明かさずに共同で市場分析を行う。
- 医療研究: 複数の病院が、患者さんのプライバシーを守りながら、病気の統計分析や治療法の効果測定を行う。
- 金融分野: 複数の銀行が、個々の取引情報を秘匿したまま、不正送金パターンなどを共同で検出する。
- オンラインサービス: ユーザーが自分の個人情報をサービス提供者に直接渡さずに、パーソナライズされたサービスを受ける。
まとめ
マルチパーティ計算(MPC)は、複数の人や組織が、プライバシーや機密情報をしっかりと守りながら、データを持ち寄って協力し、価値ある結果を生み出すことを可能にする技術です。
まだまだ発展途上の技術ではありますが、データ活用の重要性が増す現代において、私たちの社会をより良く、より安全にしていくための鍵となる可能性を秘めています。
「自分のデータは見せずに、みんなで協力して計算する」。そんな未来が、少しずつ近づいているのかもしれませんね。